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撫子凛展
Nadeshico Rin solo exhibition 

乙・闘・女 "O-TO-ME"
2012年2月20日(月)〜3月3日(土) 
15:00〜20:00(最終日18:00) 日曜休廊

レセプションパーティー 2月25日(土)17:00〜


撫子凛の絵には、必ず女子高生が登場する。自ら大和乙女画家と名乗り、その作風は、大和絵や浮世絵などの日本古典美術をいちど解体し、現代のイメージと混合し構築することにより、日本の土壌と風俗を改めて考察させるものとなっている。撫子の存在は、すでにアメリカで「Hokusai's daughter」とも呼ばれる。
”北斎の実の娘”とは、応為として知られる女絵師だが、今日の撫子凛に応為が二重写しになるのも不思議ではない。応為は、晩期における父・北斎の優れたアシスタントであり、伴走者であった。現存する作品は10数点しかないが、ことに、父・北斎をして「美人画を描かせたら誰も応為にかなわない」とすらいわしめ、北斎作とされるものの数点は応為作だともいわれるほどの凄腕であった。撫子自身も彼女をリスペクトしてやまない。
世界美術史を見るとき、江戸期の浮世絵は、そのオリジナリティにおいていまだに乗りこえ不可能なものとしてそこにある。撫子が芸術に向かう姿勢は、まさにグローバルなところから、江戸美術を逆照射する姿勢だといえよう。

あの大・北斎をアプロプリエーション(借用)しつつ、ガーリーなフィールドとしての今日のジャパンを、アニメ・漫画といったサブカルチャーからリコンストラクションする手法は、日本美術が世界に対峙するときいまだ有効性を持つと考えられる。しかも、このスタンスにおいて、撫子凛は、真性のDNAを内包しているといえよう。彼女があのマニア受けしている伝説のアニメ、「化物語」の特典であった絵を描いていたのは知る人ぞ知る。



今回の個展では、まさに00年代に叫ばれた「戦闘的美少女」を連想させる'少女たちの闘争'が主題の、200号の大作、因縁的決戦の図を発表する。
日本画の伝統、いや、東アジア・アートの伝統におけるモチーフ、猛虎と九尾の狐は、が、しかし、菩薩でも羅漢でも仙人でもなく、聖なる女子高生ともいうべき、二人の精霊に操られ、最終決戦に臨もうとする。いずれが勝利するのか。その結末は問題ではなかろう。問題なのは、00年代、アニメ史における戦闘的美少女たちは、男権的な超合金ロボや、悪の力と闘っていたが、ここでは、女子VS.女子の構図が取られ、もはや日本男児は完全に観覧スタンドの側から、このシアトリカルでありスペクタクルな”ガーリーな巌流島”を見物する以外ないという点だろう。それはあたかもAKB48のセンター争奪戦を日本武道館において観戦するような現在のメタファーともとらえられる。または、なでしこジャパンの女 対 女の試合に、復興日本の希望を託すようなものか。いずれにしても、因縁的決戦の図が、超縮小した日本の男性脳と超肥大化した女性脳の現実を彷彿とさせる興味深い作品となっているのは間違いがない。



1984年12月15日千葉県生まれ。
2008
トーキョーワンダーウォール2008(東京都現代美術館)
2009年渡欧、フランスに滞在
2010
個展-大和乙女肉筆画展-『骨と音楽』(下北沢GAoh!)
ガーリー2010展(川崎市市民ミュージアム)
「Gwashi!」(FROELICK GALLERY オレゴン州アメリカ)
2011
「pixkiki アナログ展覧会」(Kaikiki Zingaro)
アートフェア「行商〜ギャラリー・サーカス」(青山・スパイラル)
個展 「凛派展」(Art Lab TOKYO)










撫子凛 
猛虎九尾狐図-因縁的決戦
2011 
木製パネル、キャンバス、アクリル、アルキド樹脂絵具
wooden panel, canvas, acrylic gouache, aqryla
1620×2606mm 

 
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