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諸星春那 個展「DEAFHOOD+」 

2015年10月27日(火)〜11月7日(土)
14:00-19:00(会期中無休) 
最終日18:00

キュレーター:太田 エマ
プロデューサー:地場 賢太郎



 諸星春那はこれまでアニメーションを中心に映像作品を制作して参りましたが、今回はインスタレーションによるギャラリースペースでの初個展になります。太田エマによるキュレーションで本展覧会が第一回めの展示になりますが、全3回を一区切りに来年、再来年も展覧会を予定しております。今回の展覧会では諸星はろう者としての学校での体験を元に作品を組み立てておりますが、作品の向こう側から見えてくるものは、ろう文化、言語、人類の未来、またポストモダニズムの持つ問題点などろう者、聴者など二項的なものだけではなく、普遍的なテーマでもありましょう。太田は諸星と出逢うことでろう者の世界に遭遇しました。その時受けたインパクト、ろう文化の持つ人類的な意味等について書いた太田のテキストがありますので、アーティストのステートメントとともに是非お読みください。

地場 賢太郎



※この展覧会は全3回シリーズの第1回目です。

個展/作品について

 わたしの中にある「ろうであること(Deafhood)」はいつからあるのかはわからない。ただ、かなり長いこと埋もれたままだったと思っている。
普段、区別してるつもりはなくても、多数の聴者たちの中にろう者1人という置かれている現状にふと気付くと、同じ空間内にいても"ああ、独りだな"と、属している世界が違うからこそ味わえる事がある。寂しさとい う感情面で捉えていなくて、そういった境目のようなものをわたしは密かに感じている。

 あらゆる過去は過ぎ去り、わたしを支配する事はできない。これは変化の過程に過ぎないだろうと思っている。
※デフフッド(Deafhood)とは「ろうであること」を意味しており、従来のデフネス(deafness=医療上の聴覚障害)とは一線を画するものとして、パディ・ラッド博士が提起した概念

諸星春那




拡張する言語

 『危機の中の言語』"Language in Danger"はジャック・デリダの『グラマトロジーについて』とともに私の10代の頃の大切な書物であるが、振り返ればポストモダニズムのもう一つの着陸点であるポストコロニアリズムの思想をも反映して言えるのではないだろうか。著者のアンドリュー・ドルビー Andrew Dalby は21世紀がこれから直面するであろう憂慮すべき進路、つまり現在使われている半分以上の言語が消失してしまう可能性について論じている。この本の中で彼は言語の標準化、即ち現在も英語という言語によってしぶとく生き続けている植民地主義的考え方に対し厳しく警鐘を鳴らしている。グローバリゼーションと大国の覇権的な影響力によって、国際流通語の数が絞られれば絞られるほど、同一の言語の話し手が多くなり、より大きな一元的理解が世界に浸透すると、(例えば翻訳という例を考えれば、私はどれだけ救われるだろうか!)生活はもっと楽なものになるだろうと私達の一部は考えるのかも知れない。

(単一世界言語に対する鋭い比喩としてバベルの塔は定番である。この旧約聖書の挿話では、かつて一つの世界語を使っていた人類はその欲望を天をも脅かす塔を築き始めると言う際限のないところまで膨張させてしまう。そしてその果てのない人間の欲望を罰する唯一の手段は、言語の無数の分割と地球上への分散によって引き起こされる人間同士の分裂と争いなのだ。)

 私達の多くは、もし人間が一つの言語だけを使っていたら、人類は更にうまくやって行けるだろうと考えがちである。しかしドルビーはこうした期待は実現しないどころか、むしろまったく正反対の結果をもたらすと断言しているのである。事実、この指摘こそがまさしくデリダが著作『グラマトロジーについて』の中で作りあげた「差延」という概念であり、それは我々の寛容さとって非常に根源的なものであるように見える。もしこの差延がなかったら、我々の予想通り、言語はますます不寛容なものに硬直化し、どんな僅かなはみ出しも逸脱も深刻な混乱を引き起こす原因になってしまうであろう。単一言語を話す人が増えれば増えるほど、我々はより多くの戦争に直面することになるのだとドルビーは主張する。

 どんな言語の中にも、思想、哲学、アイデンティティ、文化、世界観など一個の大宇宙が含まれている。一つの言語を失うことにより、世界の可能性は減じられてしまうし、創造性、人間性の発展は貧弱なものになり、やがて文化的消滅の危機が訪れる。どのような言語でもそれを失うということは、我々人類自身の一部を失うということである。

 これまで多くの言語的帝国主義の事例、つまり植民地主義者による少数言語の根絶の試みが記録されて来た。ローマ帝国時代のラテン語の強圧的普及、大英帝国のアイルランドなどの地名変更、ウルグアイでのチャルーア族への虐殺、大東亜共栄圏支配下での日本語教育などである。しかし、こと手話の領域については、つい最近までこうした観点からは捉えられては来なかったのである。

 1880年ミラノで開催された第二回国際ろう教育会議での採択はその後の100年間に及ぶ世界のろう教育の方向性を決定付けることになった。つまり手話よりも口話主義教育の優先と「聴覚障害者」に対しての学校での実質的な手話の禁止である。 パディ・ラッド Paddy Laddはその著書『ろう文化の歴史と展望』でこの出来事を容赦なく文化的ホロコーストと記述している。しかしこの強い言葉はこの政策の中で行われて来た文化的浄化の規模の大きさを表現しているのである。

 そして以上の出来事はそのまま諸星春那が初等教育で、学校で実際に経験したことに重なるのである。つまり手話を教わるかわりに、義務化標準化された口話の習得に多くの時間が浪費されたのである。この展覧会では、こうした教育方針へのはっきりとした批判的姿勢に立つのではないが、ろう者の歴史のこの一章に、また諸星自身の個人的な歴史に焦点があてられるのである。ところで幸いなことに1980年代後半から教育政策が変わり、手話言語の持つ重要な役割が着目され、口話教育から手話へと回帰が始まるのであるが、この第二回ミラノ会議での決議に対する正式な否決は2010年の国際ろうあ教育会議まで採択されることはなかった。

 こうしたいくつかの停滞にも関わらず、勿論ろう文化は今興隆していると言えるが、世界中には未だに様々な認知のレベルが存在している。もし国別の手話事情を例として挙げるなら、各国でさまざまな現実が見られ、公式に認められた手話が存在しない国から、ニュージーランドや北アイルランドのように正式な国語のひとつとして認められている国まで様々である。今や多くの人達にはゲイ・プライド、ブラック・プライドという言葉はすでに馴染みが深いところであろう。つまり少数派としてのアイデンティティを持ち続けていることへの誇りである。そしてデフ・プライドも存在するのだ。つまりデフフッド「ろうであること」を障害として定義づけることを明確に拒絶し、活気に満ちて多様であるろう文化を称揚し謳歌することである。この文化の特に興味深い点は親から子へ受け継がれるというよりも(ろうの両親を持っているろう者は僅か5%だけである。)言語、アイデンティティ、そして基本的な思想が主としてろう学校で継承されることであり、そして刻々と肥大化する人種、民族、国家に関連する諸問題から自由に、グローバルなアイデンティティ、意識としてのデフフッドを形成していることである。そしてその意識はさらに高度な段階、つまり世界市民としての自覚をもしばしば醸成しているのである。

 パデイ・ラッドは『ろう文化の歴史と展望』の導入で博物館を聴者である医療の専門家、教育者によって歪められ表現されて来たろうの歴史を検証することの比喩として用いている。その博物館の隠された背後の部屋には真実のろう文化の遺産が保管されているのである。これが諸星が今展覧会の計画の中で重要な参考になり、作品の中でその一部もみえてくる。ここでの彼女の試みは、教育の中で実際行われて来たことを彼女のやり方で再構築することと、これまでデフネスという言葉で規定され片付けられてしまった本来はデフフッドと認知されるべきことの理解である。

 我々は展示されている機器、即ち音声言語への切り替えと文化的マイノリティをマジョリティへ同化(または包摂)させようとする装置を前に困惑してしまう。そして聴者もろう者も共にこの事実の共謀者になるか反抗者になるかを問われることになるのだ。

 今回の展覧会の準備の過程での中で諸星と私は多くの会話を交わしてきた。しかし私自身の言語的背景の負荷もあり、少量の基本的手話単語しか習得出来なかったし、主に日本語での文通を行ってきた。しかし私達は二人とも日本語を母語としているのではないが故に、共通の場に立つことはさほど難しいことではなかった。私達は交わした会話の中で言語のずれ、翻訳の問題について多く話して来たが、それはまさに我々自身のコミュニケーションについて考えることであった。

 このアーティストとの議論の過程と本展覧会の計画準備の中で、私は実に沢山のことを学ぶことが出来た。そしてその多くの事柄は私自身についてであった。その中でもとりわけ次のラッドの言葉は私に強い印象をもたらした。ラッドは単独の均質的なろう文化があると認識しているのではないことは言うまでもないが、それにも関わらず、(一つではない)ろうコミュニティの政治的活動(それはスピヴァック Spivakなら戦略的本質主義と名付けるであろうものの範囲にある)が、単一的な表現志向やグランド・ナラティブ(全ての人は一つの共同体であるべきという物語)に対するポスト・モダニズム的な拒否反応によって脅威にさらされていると言うのである。

「しかしながら、私は皮肉なタイミングでやってくるポスト・モダニズムからの批判についても注意を払っているのだ。つまり虐げられた集団の論理がやっと見える形で顕れ、そしてカウンターラタティブ(対抗的言説)として、白人、聴者の優位性に対抗し彼らの地位が並び立つことが出来る機会を得たまさにこのタイミングで、彼ら少数派の論理が結局はグランド・ナラティブと同じことであると片付けられてしまう危機に直面するのである。」

 以上のことから私自身のポストモダニズムへの傾倒を含め、表現の問題、差異ということの普遍的な理解、役割としてのアートがどのようにこうした諸問題に取り組むかなど、それら全てには、このテキストを書いている今も格闘している訳だが、私自身検証し直す必要を感じている。しかし言語の多様性、文化や、歴史がとりわけこの問題に密接に関わっていることは私にとって新鮮な驚きである。来年、さらにその後を含め全三回を予定しているこの展覧会を通して、私は一人のアーティストが、どのようなコミュニケーションの手段を選択するか、そしてどのように個人のレベルでろう文化を検証するか、また我々の世界の理解の仕方にどう自分を関連付け、世界理解のための新しい語彙をどのように増やしていくか、我々が目撃出来るようにしてくれること期待している。

キュレター:太田エマ
(翻訳:地場賢太郎)











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